デス・オーバチュア
第218話「混沌の少女シャリト・ハ・シェオル」



リューディアとイヴが立ち去り、魔夜もいつの間にか消えており、その場には黒ずくめの『姉妹(双子)』だけが取り残された。
「…………」
「……お姉ちゃん、起きてるう?」
「……ええ、目が覚めたわ……痛ぅ……」
異界竜の姉妹はゆっくりと立ち上がる。
「……痛っぅ……遠慮なくやってくれたわね、ホーリーナイトの奴……」
黒髪を首までの長さで綺麗に切り添えた少女の名は皇牙、どこかの国の神官服だろうか、とことん露出のない漆黒の衣服、本来唯一の露出部分の筈の手首にまで手袋をし、漆黒のマントで全身をくるんでいた。
「うん、『何万、何億回斬れば君は気絶するのかな?』って調子(ノリ)だったよね……」
綺麗な長い黒髪を黒の大きなリボンで一房に束ねている方の少女の名は皇鱗、黒のイヴニングドレス(夜会服)を着こなしている。
瞳は二人とも、血を固めたような見事な紅玉(ルビー)だが、姉である皇牙の方がより深く濃い色をしていた。
「いくら傷つかないからって痛いものは痛い……て解ってないのかしら?」
「違うよ、お姉ちゃん。解っていてやってるんだよ……苦痛と衝撃が限界を超えれば、わたし達も『気絶』する……それが下等種にできるわたし達の唯一の『倒し方』……」
いつも天使のように無邪気な笑顔を浮かべている皇鱗が、左目を細めて冷たい真顔で呟く。
ちなみに、彼女の右目はぐるぐる巻きにされた白い包帯で隠されていた。
「ふん、『滅ぼす』ことはできなくても『倒す』ことはできるってわけね……でも……」
皇牙が途中で区切った言葉を、皇鱗が引き継ぐ。
「うん、滅ぼされていない以上……」
『異界竜は負けていない!』
双子の姉妹は声をハモらせて宣言すると、笑い合った。
「んっ……」
ひとしきり笑い合った後、皇鱗は右目の包帯を解いて、投げ捨てる。
ディアドラによって撃ち抜かれたはずの彼女の右目は完全に再生を終えていた。
「まあ、ちょっとムカついたけど……丁度良いリハビリにはなったわよね〜」
皇牙は背伸びをしたり、肩や首を回したり、整理運動のようなことをしている。
「うふふふっ、それで負けてちゃ性がないって気もするけどね」
「それは言わないお約束よ」
皇鱗も姉を見習うように、体の各部を伸ばしたりして、整理運動を始めた。
聖夜と魔夜とは別に本気で殺し合っていたわけではない。
吸血王ミッドナイトの『子』であるあの二人とは、自分達の保護者である剣王ゼノンを介して交流があった。
親友という程ではないが、割と親しい間柄である。
先程の戦闘は、再会の挨拶代わりのコミュニケーションみたいなものだった。
リューディアの暇潰しの見世物のような形になるのは少し気に入らなかったが、
双子にとっても怪我の治りと力の回復を確かめるのに丁度良かったのである。
「ところで、お姉ちゃん、気づいてる?」
「ええ、勿論よ。少し前から、ゼノンの気配が地上から消えているわね……」
「ゼノンちゃんが滅んだのか、魔界に一度帰ったのか……多分、後者だと思うけど……これで……」
「これで、皇牙ちゃん達を縛るものはもう何もないわっ!」
皇牙は、両手の握り拳を頭上高く挙げて勝利を表す姿勢(ポーズ)をとった。
双子の保護者、育て親である剣王ゼノンこそ、彼女達がこの世で唯一恐れ、頭の上がらない存在だったのである。
これでも今までは彼女達なりに、ゼノンに見つからないように大人しめに行動していたのだ。
だが、もう遠慮する必要はない。
「行くわよ、皇鱗! 皇牙ちゃんの誇りを傷つけた奴らと、あんたを虐めた奴らを八つ裂きにしにねっ!」
「うん、お姉ちゃん! 復讐するは我にありだねっ!」
二匹の獣(異界竜)は完全に解き放たれ、壮絶な復讐劇の幕が上がった。



海辺を一台の馬威駆(バイク)が駆け抜けていた。
乗っているのは、赤いレザーコートを羽織った金髪碧眼の青年と、深紅のメイド服を着こなした赤髪赤目の少女である。
今は亡きファントム総帥アクセル・ハイエンドの双子の弟ラッセル・ハイエンドと、彼に仕える神剣バイオレントドーン(凶暴なる黎明)のネメシスだった。
「ねえねえ、旦那、もう中央大陸は殆ど制覇しちゃったよね」
ラッセルに抱きついて馬威駆の後ろに乗っていたネメシスが、話しかける。
「ああ? まあ、そうだな」
彼女の主人は馬威駆を走らせたまま、面倒臭そうというか、どうでも良さそうに答えた。
「この海の向こうは東方……そして遙かな極東……行ってみたいと思わない、旦那?」
「ふん、東か……」
それもいいかもしれない。
彼らは居場所を求めてあてのない旅を続けていた。
中央大陸の国はもう殆ど回り尽くしたことだし、東西南北のいずれかの大陸に渡るのは悪くない。
「まあ、別の大陸に渡るのはいいけどよう……なんで東方大陸なんだ? ここが中央の最東だからか?」
「うん、近いからってのもあるけど、一番好きなんだよ、東方が……特に極東は独自の文化が発展してて面白いよ〜」
「独自の文化ね……」
「北は寒いし、南は熱い、西は人が多すぎてウザイしね……うん、やっぱり東が一番素敵だよ、旦那〜♪」
ネメシスは、ラッセルの腰に回した両手に力を込めて、彼の背中に胸を強く押しつけた。
「ね、、行こうよ、東へ……旦那あぁ〜♪」
主人の耳元に甘えるように囁く。
「…………」
ラッセルは、ウザイ奴だといった感じで溜息を吐いた。
「ああん、もう旦那のいけずうぅ〜」
「うるせぇ! ひとの背中で駄々を捏ねるな、たく、うぜぇ……振り落とすぞ!」
「あん、酷い! いい、旦那? 女が我が儘を言った時は、口づけで黙らせるんだよ。あたしは従順な女だからそれだけで黙ってあげるからぁ〜」
「…………」
「口づけ一つで黙るなんて、本当あたしは旦那にべた惚れ……れえええっ!?」
いきなり馬威駆の速度が上がる。
「ちょっと、ちょっと、旦那……本当に振り落と……す……気ぃぃ……っ!?」
「舌噛みたくなかったら黙ってろ」
「あん、もう、旦那の意地悪ぅぅ〜」
不満げに言いながらも、ネメシスはお喋りをやめて、ラッセルの背中により強く抱きついた。
そして、心地よさそうな表情で瞳を閉じる。
「…………」
「…………」
こうやってラッセルと一体になって走っているだけでも、ネメシスは幸せだった。
ラッセルはまだ、自分を抱いては……完全に受け入れてくれてはいない。
でも、今はこうして一緒に居られるだけで満足だった。
初めてずっと一緒に居たいと思った人……自分の全てを捧げたいと思った男……。
ラッセルに悪いところや酷いところが多いことはちゃんと解っている……それでも、彼がどうしょうもなく好きなのだ。
彼に恋している……燃えるような初めての『恋』……。
神剣(剣)として使い手を求めているのか、女神(女)として男を求めているのか……きっと両方だ。
剣としても女としても自分は彼に夢中なのだから……。
「……あん?」
ラッセルが不意に馬威駆を急停止させた。
「旦那、どうし……あれっ?」
彼が馬威駆を止めた理由はすぐに解る。
前方からこちらに歩いてくる人物に、ネメシスも見覚えがあったからだ。
人間には有り得ない程の美しい長い銀髪と銀の瞳。
着ているのは、黒と白だけで構成された露出の殆どない正当なメイド服だった。
左手には一振りの棒のような物を持っている。
履きつぶされたような黒いブーツを履いていた。
「マルクト・サンダルフォン?」
砂の上を歩いてくるのは、紛れもなく元ファントム十大天使第十位、片翼の銀天使マルクト・サンダルフォンである。
マルクトは一カ所、ラッセルとネメシスが知っている姿から変わっているところがあった。
顔に巻かれた包帯。
右目を隠すように巻かれた白い包帯がとても痛々しかった。
服装が清楚な白いドレスからメイド服に代わっていることも変化ではあるが、それは些細なことである。
「ん……アクセル様?……いえ、ラッセル……様ですか……?」
マルクトは、かなり近づいてからようやく、ラッセルに気づいたようだ。
「様なんてつけなくていいぜ。それより、なんでお前がこんなところに居るんだ? 別の大陸に渡ったんじゃなかったのか?」
風の噂というか、誰かにファントムの残党達は別の大陸に去ったと聞いたような気がする。
「あ、はい……今、戻ってきたところです」
「戻ってきたっておい……ほとぼりを冷ますにしちゃ……随分短けえな……」
「……いえ、此処と向こうでは時間の流れが……違うというか……その……」
マルクトは、説明しようとしたが、上手く言葉にできないのか黙ってしまった。
「あん?」
「まあ細かいことはいいじゃん、旦那。せっかく、昔の仲間に会えたんだからさ」
ネメシスはラッセルの背中、馬威駆の上から飛び降りる。
「……ネメシス?」
ラッセルの背後から現れた意外な人物というか、意外な組合せに、マルクトは軽く驚いた。
「あなたはイェソド・ジブリールの……?」
「今は旦那……ラッセル・ハイエンドのためだけの剣だよ。あ、そう言えばあたしが神剣だってあなた知ってたっけ? 話した? それに、あなた旦那の素顔、本当の素性を……まあいっか、今更全部どうでもいいことだよね」
「いい加減な奴だな……そういえば素顔見せるのは初めてだったか? よく俺が解ったな」
「はい、私達天使は外見より、気配やオーラというか、波長のような物で個を識別していますので……」
マルクトはラッセルとネメシスのことでまだ驚くというか、よく解らないこともあるようだが、もう見た目は平静を取り戻している。
「……もっとも、今の私に天使を名乗る視覚があるか解りませんが……」
「ああ?」
ラッセルは馬威駆から降りた。
「いえ、何でも……そういえば、ラッセル様は……」
『相変わらずの間抜け面だな……』
マルクトのセリフを遮って、別の声が割り込んでくる。
「ああん!?」
「いえ! 今のは私ではなく……」
「旦那、あそこっ!」
ラッセルとマルクトは、ネメシスが指差した方向に視線を向けた。
「ふん、この辺の海水はまあまあの質(味)だな……」
海の上に白い少女が立っている。
年齢は十三〜十四歳ぐらいだろうか、波打つ長い白髪、妖しい真紅の瞳、白いサマー(胸の部分の布地が少なく、スカートにスリットが入った、とても涼しげな)ドレスを着こなしていた。
「シャリト・ハ・シェオル、何処へ行っていたのですか?」
「シャリト・ハ・シェオルだあ?」
白い少女は、長すぎる白髪の先端を海に浸しながら、ゆっくりと浜辺へと歩いてくる。
「ふむ、空腹に耐えかねてな……海水で飢えを誤魔化していた……」
「……もう駄目ですよ、海水なんて飲んでは……お腹壊しますよ……」
マルクトは困ったような、呆れような表情を浮かべていた。
この白い少女……シャリト・ハ・シェオルはいつもお腹を空かせていて、何でもよく食べる。
シャリト・ハ・シェオルの恐るべき『雑食ぶり』は、この世界に戻ってくるまでの二人旅の間に嫌になるほど見せつけられていた。
「…………」
「……旦那?」
ネメシスは、ラッセルが凄く複雑な表情でシャリト・ハ・シェオルを見つめていることに気づく。
「ちょっと、旦那、もしかしてあんな感じの女の子が好みなの? あたしよりも好……」
ラッセルのあまりに真剣な眼差しに、ネメシスはそんな不安を覚えた。
「馬鹿! お前は何も感じねえのか!?」
「えっ? あれ……何、これ……!?」
言われてネメシスは改めて、シャリト・ハ・シェオルの気配やオーラといった波長を探る。
変だ! 変すぎる! こんな変な波長を持つ存在は初めてだ。
神でなく、魔でなく、人でなく、またそのいずれでもある?
神族、魔族、悪魔、天使、人間……あらゆる存在(力)が混雑……いや、『混沌』とし彼女の中に存在していた。
「種族が……属性がさっぱり解らない……なんなのよ!?」
「…………」
だが、ラッセルが少女から目が離せない理由はそれだけではない。
この少女とは間違いなく初対面なはず……それなのに、なぜか彼女を『知っている』ような気がするのだ。
「まさか、お前が他人(女)を連れているとはな……いや、神剣か? お前が選ばれたと? 笑える冗談だ……」
「なんだとっ!?」
妙に馴れ馴れしい上に、思いっきり見下されている気がする。
「猫に小判ならぬ、馬鹿に神剣か……」
「ネメシス!」
「殺るの、旦那? でも、相手の正体が……ううん、何でもない!」
ネメシスは気が進まない感じだったが、深紅の長剣へと転じ、主人の左手に握られた。
バイオレントドーン、十神剣中最強の攻撃力を持つ復讐を司る神剣、その刃は異常に長く、細く、そして極薄である。
「ラッセル様!? シャリト・ハ・シェオルの無礼なら私が代わりに謝……」
「フッ……面白い、少し遊んでやろう」
シャリト・ハ・シェオルは、マルクトに仲裁する間を与えず、ふわりと跳躍し、ラッセルの前へと優雅に降り立った。
いつの間にか、彼女の右手には黒色の拳銃が、左手には銀色の拳銃が握られている。
リボルバー(回転式)ではなく、オートマチック(自動)の拳銃だった。
「……てめえを見ていると……どうしょうもなく苛つくんだよ!」
ラッセルが長剣を振り下ろすと同時に、剣刃が爆発的に伸び、間合い無用でシャリト・ハ・シェオルを斬り捨てようとする。
「…………」
シャリト・ハ・シェオルはその一撃を、ひらりと軽やかに舞うようにかわした。
「おおおおっ!」
ラッセルは何度も長剣を斬りつける。
しかし、シャリト・ハ・シェオルは舞を踊るような美しい動きで、剣撃を容易く避け続けた。
「太刀筋が直線的で荒すぎる……せっかく、間合いを無用にできても、これでは意味がない……」
「くっ、うるせぇ!」
ラッセルは、シャリト・ハ・シェオルではなく、彼女の目前の砂地に剣先を突き刺す。
次の瞬間、砂地が派手に爆発し、舞い上がった大量の砂がシャリト・ハ・シェオルの視界を塞いだ。
「フッ、それで不意をついたつもりか?」
シャリト・ハ・シェオルが二丁拳銃の全弾を瞬時に発砲する。
視界を覆う砂の壁を貫いて襲いかかってきた無数の赤い矢尻が、二十六発の弾丸によって全て撃ち落とされた。
「ちっ!」
撃ち落とされた無数の赤い矢尻は、独りでにラッセルの元に集まり、再び深紅の長剣を形成する。
「やはり、お前では神剣は宝の持ち腐れだな……」
シャリト・ハ・シェオルは嘲笑うというより、まるで哀れむかのように言った。
「てめえ、どこまで俺を馬鹿にする気だっ!?」
ラッセルが長剣を突きだすと、瞬時に剣刃が伸び、シャリト・ハ・シェオルの左胸を貫こうとする。
「無数の矢尻に分裂しての多角的な遠距離攻撃と、伸縮自在による間合い無用の剣撃……その程度の能力で神剣とは笑わせてくれる……」
シャリト・ハ・シェオルは左手の人差し指と中指の間で、あっさりと長剣の剣先を挟んで受け止めていた。
「くっ……」
「未熟者がっ!」
閃光と衝撃。
「……哀れな神剣だ……未熟者を伴侶に選んだばかりに……」
シャリト・ハ・シェオルの『右手』が馬鹿馬鹿しいまでに巨大な黒い刃に変じていた。
「ば……馬鹿な……そん……がああああぁぁっ!?」
深紅の長剣は真っ二つに叩き折られており、ラッセルは腹部から勢いよく鮮血を噴き出して仰向けに倒れ込む。
「弱すぎる……弱すぎて遊びにもならなかったな……」
シャリト・ハ・シェオルは右手を元に戻すと、倒れているラッセルに背中を向けた。



シャリト・ハ・シェオルとマルクト・サンダルフォンの二人は、海の上を歩いていた。
彼女達が居るのは海のど真ん中で、東西南北どの方向にも陸地は見えない。
「…………」
「……気になるのか?」
「……あ、いえ、別に……」
「ふん、心配無用だ。綺麗に斬ったから、すぐにならくっつくだろう……」
「いえ、神剣の方ではなくて……その……」
マルクトは、あのまま放置してきたラッセルのことが気になっていた。
「そういえば……お前達天使は、気配やオーラで個を識別するとか言っていたな?」
シャリト・ハ・シェオルは、マルクトの気にしていることには気づいていないのか、わざと無視しているのか、話題を変える。
「はい、元々、私達(天使)はエネルギー生命体とか、精神生命体のような存在ですから……外見の姿ではなく、『力』の質や量で個を認識します……」
「なるほど……では、私に『覚え』はないか……?」
「え? いえ……あなたからは『異質』な神と魔のオーラが強くて……他にも『普通』の悪魔と魔族?……天使……これは兄さんですね……それに人間でもある……?」
神と魔、両方の強い力を感じるだけなら、まだそれ程珍しくはなかった。
神族と魔族の混血や、対極の種族を喰らって力を取り込んだ者など……両属性を持つ者は数こそ少ないが確かに存在する。
シャリト・ハ・シェオルが珍しいのは、彼女のもっとも強い神力と魔力がどちらも物凄く異質……まるでこの世界のモノではないような波長をしていることだ。
「そうか、解らぬか……それも良かろう」
なぜか楽しげな微笑を口元に浮かべる。
「シャリト・ハ・シェオル?」
「ふん、一瞬とはいえ……Azathothを使ったお陰でますます腹が減った……」
Azathoth(アザトース)……シャリト・ハ・シェオルの右手に宿る……いや、右手そのものである混沌の黒刃だ。
裏世界の外なる神……異界の魔王を材料に創られた究極の右手である。
その力は神剣すら破壊(凌駕)するが、恐ろしく消耗が激しい……つまり死ぬほど腹が減るのだ。
「あの男の元に急ぐとするか……」
シャリト・ハ・シェオルは消失と出現……短距離の瞬間移動を繰り返し、どんどん海の彼方に遠ざかっていく。
「あ、待ってください」
マルクトは、慌ててシャリト・ハ・シェオルの後を追って海上を駈けていった。



「そうか……そういう……こと……かぁっ!」
ラッセルは、自らの血でできた血の海を腹這いで進んでいる。
斬り捨てられた腹部は、薄皮一枚で繋がってた。
「くぅぅ……再生が始まらない?……意識が遠……」
普通の人間でもあるまいし、例え、体を真っ二つにされたとしても、ここまで消耗するはずがない。
あの黒刃で一閃された瞬間、力も命も根刮ぎ持って行かれた気がした。
消されたのか、喰われたのか、とにかくラッセルという存在を構成するエネルギー……エナジーの大半が無くなっている。
「あいつが舞い戻り……代わりにこの俺が消えるだと……ふざけるなっ!」
ラッセルは、残された僅かな力を振り絞り血の海を這い続けた。
「おい……くたばっちゃいない……だろう……?」
彼の向かう先には、深紅の長剣が刃の中心から真っ二つに両断され、血の海に浮かんでいる。
『……だ……旦那……?』
空気の振動である音(声)ではなく、弱々しい意識の波動(声)が直接ラッセルの脳裏に聞こえてきた。
『ごめん、旦那……アレ……この世界のモノじゃない……法則が根本から……違う……今のあたしじゃ……仮契約で出せる力じゃ……敵わなかった……役立たずで……ごめんなさ……い……』
ネメシスの声がどんどん弱くなっていき、消えていこうとする。
「……ネメシス……」
「……旦那……」
深紅の長剣はいつの間にか、赤い少女に変化していた。
「……契約……してやる……」
「本当!? 本当に……いいの、旦那……?」
ずっと待ち望んでいた一言に、消えゆこうとしていた赤い少女の意識が呼び戻される。
「……ああ……」
「あたしを……あたしの全てを……貰ってくれる……?」
「ああ……だから……力を……あいつを超える力を……俺に寄こせ……っ!」
「うん、旦那! 二人で最強になろう……!」
互いを求め、必死に伸ばした二人の左手が重なった。

















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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